恋するデザイン図鑑

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カテゴリ:ウィークリーアド( 4 )


2009年 04月 04日

今日もユニクロ・クロスケに悩んでいますか、皆さん。

近所の元気なワルガキにいつもいじめられていた(おそらく可愛いに違いない)小学生の女の子が、ある日ついに反撃に出たそうだ。もちろん体力的にはかなわないので、口撃に徹した訳だが、そのセリフが極めて今日的だと思ったのは、僕だけだろうか。

「なによ、アンタなんて、上から下まで全部ユニクロのクセに!」

この一撃により、かわいそうにさすがの元気なワルガキも、二度と立ち直れない程ショックが大きく、いじめの衝動が萎えてしまったのか、それ以来二人の関係は逆転とまでは行かないまでも、この、いかにもオシャレそうな女の子はかなり優位に立ったそうだ。
この小咄を聞いたのが、実は、ユニクロが銀座に旗艦店を出した前後だったような気がするのだが、この子供の世界にまで下降してしまったユニクロブランド神話は、その後も「全部ユニクロのクセに!」という超越者の声に怯むことなく世の中を席巻しつあり、そのマーケティングパワーには、あっぱれとしか、言い様がない。

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で、今日の話は、ここから始まる。
実はこの冬場から、我が家も一斉に家族全員が、背に腹は変えられないというヤツで、上から下までユニクロになってしまった訳だが、それと時を同じくして、困ったことに、最初はネズミのフンかと思ったが、タタミ、絨毯、風呂のマット、トイレ・・・と家中にユニクロの衣服や靴下から出ているのであろう繊維グズに悩まされることになる。これを我が家では、いつの間にやら誰かがユニクロ・クロスケと呼び始め、今ではその単語も堂々、市民権を得るまでになった。

この前も、スニーカーを履いたとたんに、何かこう足裏にゴワゴワした感触があり、スニーカーの中を覗いて次に、片足で直立した状態で片方の靴下を脱いで裏返してみると、あるある、大きなやつが。やっぱり犯人はユニクロ・クロスケだったという訳だ。

皆さん、このユニクロ・クロスケ現象にはどうやって闘っていますか。
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by elnes | 2009-04-04 19:40 | ウィークリーアド
2009年 01月 16日

人は、パッケージで商品は買わない。

アイデア探しに古い広告批評をパラパラめくっていて、毎号、面白い巻頭論文?を寄稿している橋本治が、2003年3月号では経済問題を取り上げ「アメリカは、住宅価格の値上がり分を担保にして金を借り、国をあげて借金でもってイケイケ・ドンドンで消費している状況だ。これってバブルッて言うんだよね」ということを言ってから「バブルは必ずはじける!ことをバブル崩壊では世界の最先端を行く(泣く)日本の国民として宣言しておきたい」と、まあ、今日から見ると鋭い指摘と予言を5年前にしていた。まるで文学界の金子勝教授だ。その他、ブッシュのイラク侵略には当然の事ながら、これはもう呆れ果てていた。

ところで、パラパラとめくった理由は、この頃、何か目新しかったクリエイティブがなかったものか探していたのだが、やっぱりなかったね。唯一のネタはタグボートが開発の段階から関わって商品化までやったという、当時話題のキリンのG.G.Tea。プリトニーをCMに使って「どうだ、まいったか!」という自信満々の、これもイケイケ・ドンドンの勢いだったが、そう言えば、最近はおろか、ずいぶん前からあのオシャレなデザインを見かけた記憶がない。ちなみにネットの掲示板で街の声をさぐってみると、発売は2003年4月なのだが、その1ヵ月後の5月には早くも

「G.G.TEAのソーダは紅茶の味がほとんどしないですよね、ジュースっていう感じです。そして何よりデザインが素敵。好きですが、あまり周りで見かけなくなりました(早っ)。」「 ほんと、見かけなくなりましたね。昨日も突然飲みたくなってコンビニに行ったのにGGはもちろん、Liptonもありませんでした・・・(涙)」等のカキコが。

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今は昔なのか、キリンのG.G.Tea


人は、パッケージで商品は買わない。僕の場合も例えば、買った本は、まずカバーをはずしてから本棚に並べることにしている。ほとんどのカバーデザインが主張過剰でその結果チープになっているし(きっと、気の毒なほどデザイン料もチープなのだろう)、カバーを取った方がシンプルで気持ちがいい。最近、ただ一つ、カバーも大事にして読んだのは、池澤夏樹個人編集の世界文学全集。第一に、飽きが来ない。それに加えてこの場合、外が内を語り、内が外にまで透過する仕掛けになっているような上質なデザインコンセプトによる一連のカバーデザインが商品(この場合は文学としての価値)と同じくらいのレベルまで上昇し、見事に肩を並べて僕の本棚に収まっている。と思うのは僕だけだろうか。

もちろんのことだが、ホタルイカもうまい。

http://www.hirose-sadahiko.com/2010/03/post-6608.html


b0135738_637671.jpg眼にも気持ちいい、
池澤夏樹個人編集の世界文学全集

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by elnes | 2009-01-16 06:41 | ウィークリーアド
2008年 04月 20日

美しい言葉に惑わされてはいけないが、

美しい商品の広告には、思いっきり惑わされてしまいそうだ。
今週はbmオーナーならずとも、思わず生唾(なまつば)を呑み込みそうな広告を見つけてしまった。

新しいアルピナB5S。
それが、ただそこにあるだけの、余分なものを極力排除したアートディレクションのパワーに脱帽するしかない。そして極めつけは、写真を左右幅目一杯に伸ばして、断ち切りにし、新黄金比(?)16:10のトリミングで最大限の視覚効果を狙っていることだ。
さあ、これから楽しいドライブの話しでもしようか。

◎NICOLE雑誌広告

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*THE NIKKEI MAGAZINE apr 8 ,2008
※NICOLE AUTOMOBILES CO,LTDは横浜や川崎を主なセールスエリアとするbmw代理店です。


で、同じように左右を断ち切りにしたelnesの作品を、僭越ながら一つ。

◎elnes work

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◎商品(サービス):noda supporting programパンフレット表紙
◎商品概要:カーレーサーのindy5000参戦のための企業協賛を募るのためのツール。
◎クライアント:

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by elnes | 2008-04-20 14:55 | ウィークリーアド
2008年 04月 16日

春にシビれるとは、このことか。midtown blossom

もうずいぶん時間が経ってしまったが、東京ミッドタウンがめでたくオープンして一周年の記念キャンぺーン広告を、最初に銀座線の中吊りで見つけた。

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赤&緑だとクリスマスだが、この2色を少しづつ淡くして植物の生まれたてのようなピンクと若草色にすると、一足飛びに春の色になると言う不思議。そして櫻の下での蓬(よもぎ)もちをストレートに連想してしまう。何かいいことがありそうな予感を胸に、みんなで東京ミッドタウンに行きたくなる、その気にさせる、間違いなく、今週一番のadです。

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六本木は、そこで仕事をし生活をするには汚い街である。だから、そこにいるとストレスばかりが増幅してしまう、そんな印象しかない所である。東京のことを日本のゴミ溜めだといって揶揄する友人がいるが、そういう意味では六本木もその一部なのだから仕方がないことかも知れない。

と思うのは、しばらく六本木に仕事場を置き、一日の大半をこの街で過ごした経験がそうさせるのである。そのもっと昔、六本木でずいぶん遊びまわったことがあり、当時は仕事場だった骨董通りから夜遅く行きつけの店に入り、夜が明ける前にタクシーで自宅に帰るような、今思うとまったくムダで恥ずかしいことを繰り返していたのだが、ネオンの灯りと店の間接照明とにやられてしまい、そのままこの街の正体を見ることなしに酔いつぶれてしまっていたのだろう。

それからひととき経って心も身体も入れ替えて、朝から日が暮れるまでこの街で過ごすようになると、たちどころに街の汚さが見えてくる。いつ終るとも知れないじゃまな地下鉄工事、道路の真上を走る首都高とその汚い高架の影になった鋪道などなど。六本木という街は大通りから一本中に入ると、意外なほど静かな住宅街も残っており、昔はそれなりに生活も仕事も平穏にできたようだが、今はもう工事と道路の騒音、酔っぱらいどもが捨てて行った反吐と生ゴミの臭いで、耳も目も息も詰まりそうな街に落ちぶれてしまっている。

そんな六本木に現れたのが、六本木ヒルズだ。オープン当初は、地下鉄の出口からまるでアリのように連なった人々がゾロゾロと地上に現れ、途切れることなくエスカレータに乗ってヒルズに吸い込まれて行く光景を、奇妙なモノでも見るような、ちょっとした驚きの目で眺めていたことを覚えている。仕事場を訪れる人の中にも、せっかくだからと、そっちの方に腰をあげる変わった方もいて、何度か、まったく気が進まないことはおくびにも出さずにではあるが、ヒルズ案内を買って出たりもした。でも消費意欲も消費力もない僕にとって、そこはただ雑多な種類の雑多な店舗が入っているだけのストレスが増殖するだけの場所でしかなかった。そんな目線で見ていたせいなのか、実は密かに期待していたオープン告知のクリエイティブも(村上隆だったと記憶するが)どうでもいいようなチープな印象しか残っていない。
唯一の救いはミュージアムとミニシアターが入ったことだったが、こちらの方も待てど暮らせど触手を動かせるような呼び物もないままに僕の六本木時代が終ってしまったのである。しょせん不動産屋の感覚で呼ぶようなアートも映画も、期待するほうがムリだったのかも知れない。

その点、旧ボーエーチョウ跡地に遅れてできた、このウキウキするようなポスターの東京ミッドタウン。はたして六本木の汚さをうまく隠せたのか、それが問題だ。

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by elnes | 2008-04-16 14:45 | ウィークリーアド