恋するデザイン図鑑

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2008年 04月 16日

春にシビれるとは、このことか。midtown blossom

もうずいぶん時間が経ってしまったが、東京ミッドタウンがめでたくオープンして一周年の記念キャンぺーン広告を、最初に銀座線の中吊りで見つけた。

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赤&緑だとクリスマスだが、この2色を少しづつ淡くして植物の生まれたてのようなピンクと若草色にすると、一足飛びに春の色になると言う不思議。そして櫻の下での蓬(よもぎ)もちをストレートに連想してしまう。何かいいことがありそうな予感を胸に、みんなで東京ミッドタウンに行きたくなる、その気にさせる、間違いなく、今週一番のadです。

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六本木は、そこで仕事をし生活をするには汚い街である。だから、そこにいるとストレスばかりが増幅してしまう、そんな印象しかない所である。東京のことを日本のゴミ溜めだといって揶揄する友人がいるが、そういう意味では六本木もその一部なのだから仕方がないことかも知れない。

と思うのは、しばらく六本木に仕事場を置き、一日の大半をこの街で過ごした経験がそうさせるのである。そのもっと昔、六本木でずいぶん遊びまわったことがあり、当時は仕事場だった骨董通りから夜遅く行きつけの店に入り、夜が明ける前にタクシーで自宅に帰るような、今思うとまったくムダで恥ずかしいことを繰り返していたのだが、ネオンの灯りと店の間接照明とにやられてしまい、そのままこの街の正体を見ることなしに酔いつぶれてしまっていたのだろう。

それからひととき経って心も身体も入れ替えて、朝から日が暮れるまでこの街で過ごすようになると、たちどころに街の汚さが見えてくる。いつ終るとも知れないじゃまな地下鉄工事、道路の真上を走る首都高とその汚い高架の影になった鋪道などなど。六本木という街は大通りから一本中に入ると、意外なほど静かな住宅街も残っており、昔はそれなりに生活も仕事も平穏にできたようだが、今はもう工事と道路の騒音、酔っぱらいどもが捨てて行った反吐と生ゴミの臭いで、耳も目も息も詰まりそうな街に落ちぶれてしまっている。

そんな六本木に現れたのが、六本木ヒルズだ。オープン当初は、地下鉄の出口からまるでアリのように連なった人々がゾロゾロと地上に現れ、途切れることなくエスカレータに乗ってヒルズに吸い込まれて行く光景を、奇妙なモノでも見るような、ちょっとした驚きの目で眺めていたことを覚えている。仕事場を訪れる人の中にも、せっかくだからと、そっちの方に腰をあげる変わった方もいて、何度か、まったく気が進まないことはおくびにも出さずにではあるが、ヒルズ案内を買って出たりもした。でも消費意欲も消費力もない僕にとって、そこはただ雑多な種類の雑多な店舗が入っているだけのストレスが増殖するだけの場所でしかなかった。そんな目線で見ていたせいなのか、実は密かに期待していたオープン告知のクリエイティブも(村上隆だったと記憶するが)どうでもいいようなチープな印象しか残っていない。
唯一の救いはミュージアムとミニシアターが入ったことだったが、こちらの方も待てど暮らせど触手を動かせるような呼び物もないままに僕の六本木時代が終ってしまったのである。しょせん不動産屋の感覚で呼ぶようなアートも映画も、期待するほうがムリだったのかも知れない。

その点、旧ボーエーチョウ跡地に遅れてできた、このウキウキするようなポスターの東京ミッドタウン。はたして六本木の汚さをうまく隠せたのか、それが問題だ。

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by elnes | 2008-04-16 14:45 | ウィークリーアド


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